音が聴こえる物語
2011年 03月 04日
身近な友だちの中にはこのお話が好きだという人がけっこういて、これまでもライブで何度か朗読したことがあります。
もともとこの『いつか笑顔になれますように』は、ラジオ番組に提供してきた短編を集めた作品で、毎月1週、月曜日から金曜日まで5本の短編を書くのが当時のわたしの仕事でした。ほかの週にもそれぞれ担当者がいて、詩を提供する人やエッセイを提供する人などで番組は構成されていました。
ラジオ局に原稿を送ると、読んでくださるアナウンサーさんがその短編にあった曲を選んでくださって、放送時間に読まれます。わたしが想定していた曲と、まったく違う曲想の音楽が流れることもあり、放送を聞きながら「おもしろいなあ」と感心したものです。おそらく、わたしが頭の中で思い描いている風景ともまったくちがう場面が読み手の頭の中に描かれているのでしょう。
書いた作品のすべては、依頼主の手に渡った時からその方のものであり、また、読者に読まれたら読者のものになります。お話は独り歩きして誰かのものになることを望んでいると思うのです。だから、すごく気に入ってもらえたら、その作品は幸せな出会いに導かれたことになります。
読まれた方から「あのお話、すごくいいね」と言われた時にはもうわたしのものではないので「そう、よかったね」と答えてしまいます。
ほんとうはもっと謙遜した方がいいのかもしれないけれど、それじゃあ、いつまでも子離れできない親みたいでちょっとちがうと思うのです。
【天使のおつかい】は、これまでフォーレのレクイエム「楽園にて」やゆったりとしたオペラの曲が選ばれることがよくありました。
お話しにはおじいさんとマキという女の子が出てくるのですが、澄んだ空気感やどっしりとしたいのちの連なりを感じさせるような選曲に、いつも安心して読ませてもらってきました。
今回のライブでも、【天使のおつかい】を読ませていただきます。
先日、ピアノを弾いてくれる阿部望ちゃんと2回目のリハーサルをしました。これまでとはまったくちがった選曲にはっとしました。とっても素敵なワルツ。音の展開に惹きこまれます。ついつい聴きいってしまって、読むのを忘れるほど(笑)。
「この曲でほんとうにいいですか?」
「すごくいい。なんかね、あたらしいお洋服を着せてもらったみたいで今、すごく幸せ」
「ちょっとかわいくしたかったんですよね。ワルツってそんなイメージ」
「うん。でもかわいいだけじゃない。とくに5番目の音のぶつかりがわたしは好き」
「ああ、わかる。でもわたしはこの最初のぶつかりの方が好き」
お話には全体に風が吹いているのですが、ちょっと聴いた限りでは自由な、でも実はかなり計算されつくされたぶつかり方が、風の行方を表現しているようですごく気に入りました。
お客様は大変だと思います。お話も聴かないといけないし、でも、音も気になるし(笑)。
でもね、どうぞ風に吹かれているような気持で、何も考えずに自分の心を解き放って聴いてください。
音が聴こえる物語は、どこかにとどまらなくても、記憶されることがなくても、ひととき、感触を楽しんでもらえたらそれだけでうれしいのですから。