心やさしきバカたち『はせがわくんきらいや』(長谷川集平)

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8月20日から22日まで、久山療育園重症児者医療療育センターにて行われたワークキャンプに参加した。
私が参加したのは、二日目の朝のワーク作業からだった。草を刈り、刈った草を集め、それを運ぶ。ものすごく暑い日だったが、空が澄んでいて、夏の終わりを思わせる雲を眺め、同じグループの人と喋りながら、わりとのんきに、でもしっかりと働いた。もらったばかりのピンクのTシャツは汗でびっしょりになり、草を刈ったところは散髪したばかりのおじさんの頭のようにさわやかだった。

キャンプには延べ97人が参加。小学生と40代がダントツに多く高校生はいない。しかし、青年やおじさんおばさんが大勢いて、大きな家族のような親しさが感じられた。

それにしても小学生男子の奇行には驚きを禁じえない。男子はバカなのではないか。ワークを手伝うのではなく、邪魔しているのだ。腕にギプスをつけたリーダーの女性が「机運ぶの手伝ってー」と声をかけると、蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく。呆れつつも、このバカたちの不敵な大胆さには、どういうわけか心が惹かれた。私もまたバカのひとりなのだろう。いよいよ人手が足りなさそうだったので手伝いに行くと、机のもうひとつのはしを同じ教会のTくんが持っていた。この子はバカじゃないかもしれない。バカかもしれないけれど、などと思いながら、いっしょに運ぶ。

お昼になった。
病棟に食事の介助に行く。4年生の男子ふたりと同じグループになった。食堂に行くまでに、何度も手を洗う。結局、3回洗ったのだが、看護師さんに「石鹸をつけて洗わないとダメよ。水で流しただけなら洗ったことにならないのよ」と言われ、また洗い直した。洗面所を出て廊下を歩いていると、入園している女の子がそっと私の手をとって、違う部屋に連れて行こうとした。もうひとつの手もつないでうれしそうに揺らしている。今、洗ったばかりの手を。少しこの子と遊びたいなと思っていたら、園のスタッフがやってきて彼女は隣の部屋へ、私はまた男子と同じグループに戻された。

私たちのグループはRさんの食事のお手伝いをした。Rさんは大人のような子どものような可愛らしい人で、左手にカバーがついていた。車椅子に座っていて、私たちに視線を向けている。言葉は発しない。緊張してるよね。初めて会う人だもんね。そこで、理事のマコト先生から「楽しい食事が大事です。緊張すると相手にも緊張がうつるから、楽しく手伝ってあげてください」という言葉を思い出した。ああ、私が緊張しているのだ。「こんにちは。よろしく」とにっこり笑う。Rさんは笑わない。

Rさんの担当者から一通り説明を受けた。さあ、はじめよう。まずタイセイくんがやってみる。トマトのゼリーは食べてくれた。よし。つぎにキシくんがやってみる。カレーピラフも食べてくれた。よかった。私がカレーピラフを食べさせようとしたら、食べてくれなかった。「多いんだよ。量が」とキシくん。そうか。少し減らしてスプーンを口に近づけたがダメだった。気を取り直してゼリー状になったお茶を差し出すとパクリと食べてくれた。繰り返していくうちに、うまくいく食べ物とそうではない食べ物がわかってきた。食べてくれないと男子たちの顔がこわばってしまう。「ダメだよ。あげる人が緊張すると、Rさんも緊張するから、スマイル、スマイル!」というとタイセイくんが笑顔を作った。その瞬間、Rさんは口を開けてパクリと食べたので、タイセイくんは「よっしゃ」と拳を作って、心から嬉しそうに笑った。Rさんの好物のトマトがなくなると、キシくんは弱気になって、どんどん顔が曇っていった。「スマイル、スマイル」今度はタイセイくんが声をかける。男子は、バカなだけじゃない。
口を開けないRさんを見てタイセイくんが言う。
「どれが好き、どれが食べたいって言ってくれたらいいのに」。
この時、『はせがわくんきらいや』という絵本のあるフレーズが頭に浮かんだ。
「長谷川くん泣かんときいな。長谷川くんわろうてみいな。長谷川くんもっと太りいな。長谷川くんごはん、ぎょうさん食べようか。長谷川くんだいじょうぶか。長谷川くん。
長谷川くんといっしょにおったら、しんどうてかなわんわ」
昭和三十年に森永乳業徳島工場で製造されたドライミルクに含まれていたヒ素によって、西日本を中心に乳児が体に異常をきたし、125人の赤ちゃんが亡くなったできごとをもとに、被害を受けた作者が、自身の幼少期の体験を描いた絵本だ。
この絵本を読んだとき、わたしは体に異常をきたした長谷川くんの周りにいて、しんどい思いをしながらも長谷川くんと友だちになる男子。友だちでいつづける男子たちこそ、となりびとだと思った。きらいや、と言いながらも、どうしたらいいのかわからないなりにも、そこにいつづける男子。読み終わったとき、かなわんわ、とためいきをついた。

ワークキャンプは、「となりびとになってみよう」というテーマだったが、食事介助をしながらタイセイくんが、キシくんが、Rさんの気持ちを一生懸命くみとろうとするその姿に、となりびとであることの優しさをみた。

さて、最後の日、自分たちで作った紙芝居を持って病棟に読みに行くチーム、草刈の残りをするチーム、借りたお布団75組を取りに来る業者に引き渡すチームにわかれ、私は布団チームに残された。数人の男子と、一緒に草刈をしたおじさんのグループがいた。布団を運ぶように言っているのに、布団にうもれている男子がいる。やっぱりバカだ。そこには同じ教会のTちんももちろんいる。
この邪魔をものともせずに静かにおじさんたちは黙々と布団を運ぶ。いや、運ぶというよりも流れるように布団が動き、いつのまにかトラックに整然と積まれていく。おじさんがいった。「三人くらい男子も積もうか」。「お願いします」私は心の中でつぶやいた。
そこからおじさんの反撃が始まった。タイセイくんを捕まえ、倒し、足の裏を容赦なくくすぐる。のたうちまわるタイセイ。叫びまくる別の男子。おじさんは静かにそして楽しそうにからかい続けた。
無駄なく驚くほど効率的に働き、子どもたちをかわいがる無口なあのおじさんたちが気になってスタッフに尋ねると、抱樸館の人たちだと教えられた。かつてホームレスだった人たちを支援する施設の人たちだった。
「ここ数年、毎年来てくれるんだよね。今年が一番多いかな。ふだんあんまり接点がない子どもたちと一緒に過ごして、彼らもまた癒されているんだよ」。

心やさしきバカたちの変幻自在な存在感には、かなわんわと、またためいきをついた。
となりびとっていったいどうやったらなれるんだ?

わかったのは、いっしょにいるということ。ただいっしょにいて、わからないなりにいっしょに何かをしたり、ごはんを食べたりすることから始まる。
それは、イエスさまがされていたことと同じ。いっしょにいて、いっしょにごはんをたべる。イエスさまが大切にされていたこと。聖書に描かれたイエスさまの姿が紙芝居のように脳裏を巡っていった。心優しきバカたちにはどこまでもかなわないけれど、私も私なりに、いつか誰かのとなりびとになれる日がくるといい。
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by kakunobue | 2012-09-06 10:02 | 絵本大好き | Comments(0)

かくのぶえ フリーライター 日記・エッセイ・詩・イベント情報・こどもメッセージ集。


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