フェルメール展に行ったのよ@九州国立博物館

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今日は健康が回復し、天候も快復したので、電車に乗ってフェルメール展に行きました。

バイト先のレジ横に、「真珠の首飾りの少女」が一面に印刷されたパンフレットがあり、毎日、行きたいなあと思っていたのです。

まだやってるなんて思っていたら、あっという間に11月も終わりそう。急いで出かけることに。


平日の昼間だから、とタカをくくっていたら、二日市駅から太宰府行きに乗り換えたほとんどの乗客がフェルメール展を目指している女性たち。あらら。混んでいるかも。

私は、西鉄大牟田線の天神駅で博物館の入館チケットと電車の往復チケットのセットを通常価格の300円安で購入しました。ポストカードもついていてお得。うれしいですね。こういうサービス。

浮いた300円を利用して500円の音声ガイドを借りました。小雪の声がとてもよかったけれど、やはり宗教用語のイントネーションをなめらかに発音するのは難しそうでした。

混み具合は、まあまあ、というところ。それほどごちゃごちゃはしていませんでしたが、じーっと見入るタイプの私は周りを気にしつつ、音声ガイドを聴きつつ、一度見たら少し時間を置いて、また同じところに行くという細切れ鑑賞を楽しみました。

もちろんフェルメールの「真珠の首飾りの少女」は素晴らしかったのですが、私が心を惹かれたのはルーカス・クラーナハによる「ルター」の肖像画とボッティチェッリによるダンテ「神曲」の素描でした。(素描では、ラッファエッロによる幼子イエスとヨハネがありましたが、このイエスの表情がまた秀逸。イノセンスと明るさが最大限に表現されています。)

「ルター」の肖像画は何がすごいかというと、一目見ただけで「ルターだ」とわかることです。

会ったこともないのに。どうしてあの黒い帽子をかぶっているというだけで「あ、この人知ってる。ルターでしょ」ってつながるかというと、この絵を自然に目にしてきたからにほかならないのです。美術や社会の教科書であり、西洋美術史の雑誌であったり。実際に、ルーカス・クラーナハとルターは親交がありよく肖像画を描いていたそうです。ルターの広報担当的な画家だったのかもしれません。しっかしうんと未来に、アジアの日本の学生たちにまで「あ、ルターね」とわかるくらいに広まるとは思ってもみなかっただろうな。

ボッティチェッリの素描の素晴らしさは自由さです。すごく繊細なタッチで自由に作品のモチーフを描いていて、その想像力の豊かさや細やかさは見ているだけでうっとりとさせられるのでした。
そしてその保存の素晴らしさでしょう。えー!あのボッティチェッリが!!!いや、会ったこともないけれど。こちらもしっかり世界史の授業で刷り込まれていますから。

少し世界史からも西洋美術史からも離れた生活をしていますが、久しぶりに画集を掘り起こして少し眺め直したいと思う芸術の秋です。


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山懐に抱かれた(太宰府天満宮のすぐ脇です)不思議な形の博物館でした。
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by kakunobue | 2012-11-27 17:41 | 旅っ記 | Comments(0)

かくのぶえ フリーライター 日記・エッセイ・詩・イベント情報・こどもメッセージ集。


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