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今日の一文「シモン、もう、私、オバーサンなの」(『ブラームスはお好き』サガン)

以前、フランスにはそれほど興味がないということを書いたことがあった。書いたあとに、あ、と思った。

よく考えてみると、意外とフランスのものが好きだったことを思い出したのだ。きちんと書くなら、私が好きなものの中に、フランスに関係するものが結構あったということに気づいたのだった。

なかでもサガンの作品は、周期的に手にしてとても楽しく読んできた。文庫本の表紙を飾るベルナール・ビュフェの絵も大好きで、横浜に住んでいるときは三島にあるクレマチスの丘のビュフェ美術館に何度か足を運んだ。横浜そごうで開催されたビュフェの展覧会にも行った。こうなると、それほど興味がないとは言えないですね。
でも、「フランスだから」と意識したことはなくて、たまたま好きな作家や画家がフランスの人だったというのが的確かもしれない。

4月からブラームスの生い立ちや作品の背景を学ぶクラスに出ている。ブラームスは北ドイツの出身であるが、フランスに対しては特別な感情を持っていたという。その感情は決して好意的ではなかった。
でありながら、サガンの作品に『ブラームスはお好き』というタイトルの小説があるのは、不思議なおもしろさを抱かせる。
作品の中では、主人公ポールを誘う口実に14歳年下のシモンが書いた手紙の一文にこのタイトルのセリフが使われている。「ブラームスはお好きですか?」

誘った音楽会で演奏されるのは交響曲。手紙を受け取ったポールは、恋人のロジェが好きなワーグナーのレコードのウラ面に入っている交響曲を聞いてロマンチックだと感じる(第一楽章ではないと思う)。しかしポールの返事は「ブラームスを好きかどうか知りませんわ、きっと好きではないでしょう」というものだった。
ふたりはこのあと、年上のポールの孤独を埋めるほどの情熱を持って近づくシモンの無防備な愛によって近づき、そして無防備なあまり痛ましく傷つくシモンを見つめ続けることにポールが疲弊することによって破綻していく。

39歳の女性ポールと25歳の男性シモン。

主人公の女性のもとを去るシモンに対して投げかけるセリフが、今日の一文。
「もう、私、オバーサンなの」

それまでのインテリアデザイナーとしてのおしゃれなポールの暮らしぶりや、恋人ロジェとの食事、また夜のダンスをすべてひっくり返すような一言に、最後にゴンと頭を殴られるような気になる一文である。

私はこのシーンを、膝が出るショートパンツを履いて炎天下の中自転車をこぎたどり着いたスターバックスのカウンターで読んで、高い椅子から落っこちそうになるくらい驚いた。
「オバーサン」

たしかに25歳の青年に比べるとそうかもしれない。かつての結婚と離婚も、仕事のキャリアも、蓄積された知識や苦い経験も、心や体にしっかりと刻み込まれているだろう。
でもね、オバーサンだから別れるというのはどうなのよ。なんてことを考えてしまうのだった。
それは、すっかりポールのけだるい恋の罠に、私がはまってしまったからだろう。

年齢を重ねた女性の悲しみとおかしみが見事に描かれた1冊に夢中になる真夏の午後である。
by kakunobue | 2013-07-15 19:17 | 読書日和

かくのぶえ フリーライター 日記・エッセイ・詩・イベント情報・こどもメッセージ集。


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