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神さまと私のあいだに~『土の器』阪田寛夫

2月1日土曜日に、「新生讃美歌フォーラム」という集まりに参加した。

先週は夜のバイトが忙しかったので、土曜日はゆっくり眠っていたかったのだが、ぎりぎりに飛び起きて急いでシャワーを浴びて、食事をしてお弁当を作って、髪もまだよく乾かないうちに家を出て、自転車をいっしょうけんめいこいで会場に向かった。

こぎながら思った。
どうしてこんな休みの日に(しかも最高気温20度の好天だった)、朝から必死に自転車こいでいるんだろう?
それは、さんびか、だからなのだ。
最近、とくに賛美歌と自分との関係をかみしめている。私の半世紀近い人生のなかでもっともよく歌い、そして、どんなときにも口を衝いて出てくる。

惚れやすく飽きっぽい私の性格からすると、これはもうなんというか運命の出会いとしか思えない存在だなあ。とか、なにかのマニアになることはなかったけれど、敢えて言うなら私は賛美歌マニアかもしれないなあ、とか、そんなことを考えながら、生暖かい風に髪をなびかせて自転車をこいだ。

「新生讃美歌」というのは、日本バプテスト連盟という教派が2003年に発行した賛美歌集である。10年間教会でどのように使われてきたか、これからの「新生讃美歌」に期待することは何か、といった話をパネルディスカッションやグループに分かれてなされた。
おもしろかったのは日本における賛美歌の歴史だった。
西洋の音楽として日本に入ってきた賛美歌が、戦前、戦中、戦後の歴史をどのように通り抜けてきたのか、そして、教派が分かれるとき選ばれていった賛美歌がどのようなものだったかを示す映像は興味深かった。

私の父は昭和ひとけた生まれだった。教会の牧師の息子として育ち、子どものころから賛美歌に触れていた。その父から、空襲警報がなり親子がバラバラになった時、防空壕の中で母親が静かに賛美歌を歌っていたために家族に再会できた話や、ある賛美歌の歌詞を勝手に変えて家庭で歌っていた話などを聴かされていた。
替え歌に使われたのは「すべての恵みのもとなるイエスよ」という賛美歌だった。「たまごの厚焼きとってもおいしい」という歌詞をつけて歌っていたそうで、戦後の貧しい食卓を思わせ、またどれだけ食事への希望が込められていたかが伝わってくるエピソードとして、よく語られた。私は子どものころ、父がこの話をするのを聴くのが大好きだった。

阪田寛夫は、言わずと知れた詩人であり芥川賞作家である。
著者はクリスチャンホームに育ち、子どものころから西洋音楽に触れて育った。彼の叔父は教会音楽を牽引し、たくさんの奏楽曲を書き、童謡や子ども讃美歌を残している大中寅二。「椰子の実」の作曲者である。
第七十二回芥川賞を受賞したこの『土の器』には、彼が目にしてきた当時の教会、またクリスチャンホーム、そして教会音楽のあれこれが、愛情を持って描かれていて、とても愛おしい。
この本は昨年の夏に読んだが、それ以降、枕元に常に置いて、ことあるごとに開くようになった。

……当時大阪の私の家では放送の一番熱心な聴取者は祖母と私であった。もちろん母方の祖母である、彼女は新聞を綿密に調べ、自分の息子の放送を聴き逃すようなことはなかった。キリスト教の熱心な信者のくせに、バタくさいものが一切嫌いのこの祖母は、油こいおかずの時は猫が足を振るみたいに「おお、いやだいやだ」と女中に大げさに文句をいい、応接間で毎週教会の聖歌隊の練習がある夜は、はやばやと隠居部屋にひっこんで今にもあの歌声にとり殺されてしまいそうな顔と声音で呪っていた。私はきびしい母親の目を避けて、よくこの部屋へ逃げこんでは祖母の繰りごとの聞き役になっていたが、彼女は口をひらけば「ここのうちは」という言い方で私の父やその妻である自分の娘の忙しいしまりのない生活を非難した。(『土の器』~「足踏みオルガン」阪田寛夫*文芸春秋)


この「忙しいしまりのない生活」という言葉が、クリスチャンホームの生活をよく言い表していてびっくりした。おみごと!と言いたいほどだ。もちろん、当時の時代性もあっただろう。
だけれども、私が育った家も似たようなところがあった。日曜日は毎週やってくるし、礼拝は毎週必ず行われるから、日々の生活はその準備にあてられる。となると、どこで休んでいいのか、どこで日常を生きればいいのかわけがわからなくなる。天国に生きるというのは、こういうことなのかもしれない。

しかし、ドイツの教会で働いていた人に聴いた話によると、「休まない人にいい仕事はできない、だから休みを取らないなら仕事を任せられない」と言われるそうだ。
願わくば、日本のクリスチャンの皆さんにも、賛美歌を歌いつつ安息の時を慈しみ、そして、新たな力を得て天国のお仕事へと仕えてもらいたいと思う。

かくいう私は、バイトのない日曜日の午後は、ワインを飲みながら料理をし、そして機嫌がよくなると、大きな声で賛美歌を歌う。本気で歌うので、ジャックがよく笑う。「本気?大きいよ、声。よく歌うねえ」。
そのうちいっしょに口ずさみ始め、繰り返し繰り返し歌い続けている。さあ、月曜日からまた働きますよ。神さまにたくさんの、素敵ないのちの源をいただいているのですから。

神さまと私のあいだにあるもの、賛美歌がやっぱり好きだなあ。
by kakunobue | 2014-02-03 11:29 | 暮らしと讃美歌

かくのぶえ フリーライター 日記・エッセイ・詩・イベント情報・こどもメッセージ集。


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